坐骨神経痛の記録を残そうと思います。
痛みはじめ
2024.5
ここまで順調に練習の質と量を上げてこれた
中旬頃から、前ももの外側に痛みが出始めた
痛かったけど、過去に何度も痛めてきた筋肉の痛みと同じだったから少しの間我慢すれば良くなると思い、練習を続行していた
月末になるとジョッグの走り始めから力が入らなくなるくらい痛くて走るのが怖くなっていたけど、記録会にでたくて練習をした
2024.6
1000メートルのインターバルをした翌日から走れなくなった
歩くのも痛くて、整形外科へ
診断結果は大腿骨の疲労骨折
1ヶ月の休養
2024.7
ゆっくり少しずつジョッグを開始
痛みが少しあったけど、徐々に取れてきた
月末からペース走を入れた
2回くらいやったあとから左のお尻が固まって走ると痛みを感じていた
疲労だろうと言われたし、私もそう思ったから続行していた
2024.8
ペース走、坂のジョックで負荷が溜まってきたのか痛みが爆発し、走れなくなる
トレーナーさんに診てもらって3日くらいで復帰したものの、痛みはあった
神経痛だろうから多少の痛みは仕方ない、動かしたほうが良いと言われ、私も神経痛は体験したことなかったらそれを信じて走った
月末には痛みが軽減し、またペース走を入れた
しかし、翌日には痛みが爆発 休む
4週間休んでも良くならなかった
2024.9
診てもらっていたトレーナーさんとは別にいろんな人の紹介を使って、5個所の治療に行った
どこも3回ずつ行ったけど効果は得られなかった
それぞれ、言うことは違ったから教わったことを実践した
気持ち的にすごく滅入っていてただこなしている日々だった
中旬頃、1人の先生に「とりあえず走ってみれば?」と言われ怖さも痛みもあったけど走り出した
始めは1分から、徐々に伸ばしていった
2024.10
ゆっくり50分ジョックができるようになった
痛みは変わらずあったけどほぼ変わらない強さで走れた
少しずつペースを上げていけた
月末ごろ、軽いペース走ができた少し先が見えた気がしてすごく嬉しかった
タイムを決めてペース走をしてみた
3000過ぎたあたりからお尻が痛みだし、力が入らず足がとっ散らかった
途中でやめることもできたが、走り続けたら良くなるかもという期待とここで終わりたくないという望みが足を止めることができなかった
案の定走り終わってすぐ痛みが爆発して、久々にダウンジョックすらできなかった
嫌気がさした 涙も溢れた
ここまでやってこれたのにやっぱりだめだったか
こんなペース走で痛みが毎回出ていたら、レースまで持っていくことができないとすごくショックを受けた
また先が見えなくなってやれたとしてもまた痛みが出てしまうループから抜ける気力がもうなかった
毎晩涙は出るし、頑張りたいけど、今まで以上に頑張る気力がわかなかった 休む
ここで監督と話し、まだ、やりたい気持ちはあったけど競技者としては厳しいなと感じ辞めることを決断
2024.11
トレーナーさんが1週間寮に泊まってくれることになって無理を言って体幹と走りをみてもらった
いろんなことをしていたけど、まずは体幹だけに集中した
そのあと、痛かったら走るのをやめると決めてゆっくり少しずつ走り始められた
気持ち的にもやれなくてもいいと思うとすごく楽になった
走るのが怖くなくなった
大きな変化はないけれど気にせず続けてみる
そして今。2024.11.7
40分までと決めて走っている。午後は5分切りに上げる時間を作ってメリハリを入れられている
お尻の痛みは変わっていないが、走る怖さはない
痛くなったら休めば良い
体幹が入る感覚も分かるが、走っている最中にまだ、抜けてブレてる感じもある
戻す感覚も少し分かってきた
まとめ
欲のままに体の声を無視してしまうとほんとに長引き、精神的に追い詰めることになります。
振り返ると間違っていたと思ってもやっている最中は気づかないことが多いです。
反面教師として確認しつつ、気持ちが回復した後の記録を残していきます。
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